2024年度 卒業式および学位授与式の小原学長「式辞」全文を掲載させて頂きました。

2024年度 卒業式および学位授与式の小原学長「式辞」全文を掲載させて頂きました。

去る3月21日、22日に行われた同志社大学卒業式の小原学長の式辞です。
これまで自分のために学んできた勉強の成果を、今日からは他者のため、社会のために生かす道を探していってほしいとの思い。
詩人・尹東柱のお話し、同志社でもあった学徒出陣のお話し、そして平和への願い。
「深山大沢、龍蛇を生ず」を語る新島が卒業生に望むこと。
「深山大沢」となるネットワークとしての校友会のお話し。
なかなかです。
ちょっと長いですが、是非ご一読を❗️

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本日、学士の学位を授与された学部卒業生の皆さん、そして、修士、専門職および博士の学位を授与された大学院修了生の皆さん、ご卒業まことにおめでとうございます。
これまでの皆さんの研鑽と努力に敬意を表すると共に、皆さんが晴れてこの日を迎えることができましたことを、心よりお祝い申し上げます。
また、本日、式典に臨む卒業生・修了生を、この日に至るまで暖かく見守り、支えてこられたご家族および関係者の皆様にも、心よりお慶び申し上げます。

今日に至るまで、皆さんは本学で多くのことを学ばれました。
何を学んだのか、何を身につけたのか、それをあらためて振り返るのは卒業式・学位授与式の日にふさわしいことでしょう。
そしてさらに考えていただきたいのは、皆さんが得られた学識や経験を、これからどのように生かすのか、ということです。
幼少期から大学・大学院に至るまで、勉強するのはまずは自分のためでした。
これからは、学んだこと、経験したことを、ただ自分のためだけではなく、他者のため、社会のために生かす道を探していっていただきたいと思います。
皆さんは確かに、たゆまぬ研鑽努力により、今ある能力を獲得されました。
しかし、同時にその能力は、家族や学校、社会など多くの人や環境があって育まれてきたものでもあります。
多く受けてきたものを返していくという大きな循環が回り出せば、それは皆さん自身の人生と社会を豊かにしていくに違いありません。
皆さんは、自分はそれほど大した知識も力も持っていないと思うかもしれません。
しかし、世界を見渡せば、勉強する機会すら奪われた子どもたちや若者が多数います。
高等教育機関で学ぶ機会を得て、卒業することのできた皆さんは、恵まれた存在だと言ってよいでしょう。

特にこのことを考えさせられる出来事が、2月16日にありました。
皆さんもご存じかと思いますが、この日、同志社大学は詩人・尹東柱に対し、名誉文化博士号を贈呈しました。
故人に対する名誉学位贈呈は本学にとって初めてのことであったので、決定に至るまで様々な議論が交わされました。
韓国の国民的詩人として知られる尹東柱は、1917 年、旧満州北間島(プッカンド)で生まれました。
現在の延世大学の前身となる延禧(ヨンヒ)専門学校で学んだ後、1942 年 4 月、立教大学文学部英文科に入学、同年 10 月、同志社大学文学部文化学科英語英文学専攻に転入学し、在学中、当時禁じられてきたハングルでの詩作活動を続けました。
1943 年 7 月、抗日独立運動の思想犯として京都下鴨警察署に逮捕され、1945 年 2 月 16日、福岡刑務所で獄死することとなりました。
今年の2月16日は、尹東柱没後80周年ということもあり、多くの方が名誉学位贈呈式に参列され、続けて、本学今出川キャンパスにある尹東柱詩碑の前で献花をしました。
尹東柱の在りし日のことを一同で思い起こしながら、同時に、彼の人生を大きく変えることになった戦争の時代のことを考えざるを得ませんでした。
戦争の時代、とりわけ、学徒出陣が始まった1943年以降は本学で学んでいた多くの学生が戦地に赴くことになりました。
その中には、学びを再開することなく戦地で亡くなった者も少なくありません。
尹東柱もまた、思想統制が極まった戦争の時代の犠牲者でありました。
豊かな才能や高い志をもった者がそれを実現できるよう手助けするのが、教育機関の務めですが、その務めを果たすことができなかったのは痛恨の極みです。
今年2025年、同志社は創立150周年を、日本社会は戦後80年を迎えようとしています。
平和な環境の中で学び、卒業することのできる皆さんの前途が、やはり平和であり続けることを願わずにはいられません。
そして、恵まれた環境の中で学ぶ幸いを得た皆さんには、学びを通じて得た力を用いて、人と人の間に平和を作ってほしいと思います。
この課題は決して抽象的なものではありません。日本社会は幸い戦争に巻き込まれていませんが、社会のあちこちに分断や対立があります。
それはリアルな世界だけでなく、SNSなどのデジタル空間においても顕著です。
この一年間も、異常気象が世界の各地で起こり、その原因として気候変動が指摘されてきました。
そのことを考えると、人と地球環境の間に生じている深刻な問題にも私たちは向き合っていかなければなりません。
本学を卒業される皆さんには、獲得した学問的知見や技術を適切に用いて、人と人の間に、そして、人と地球環境の間に平和をもたらす人物になっていただきたいと願っています。

新島襄は、新しい時代にふさわしい新しい人を育てる場として、150年前、同志社を創立しました。
新島は、教育こそが人を変え、社会を変えるという強い信念を持っていました。
そして、その新島が晩年もっとも力を注いだのが、学びの仕上げの場としての大学設立でした。
新島自身は、同志社大学を見ることなく、1890年、46歳11ヶ月の生涯を閉じました。
新島が大学の理想像として繰り返し書き、また語ったのが「深山大沢」という言葉でした。
「深山大沢」は、中国古典『春秋左氏伝』の一節「深山大沢、実に龍蛇を生ず」に由来しています。
そこでは「深山大沢」は「龍蛇」のような傑出した人物を生み出す場所であるだけでなく、人智の及ばない未知の世界と人間の世界とが接する不思議な場所として描かれています。
新島は「我が校をして深山大沢のごとくになし、小魚も生長せしめ、大魚も自在に発育せしめ」と記しています。
一人ひとりの個性を生かす多様性に満ちた場所として大学を描いています。
また、「深山大沢、龍蛇を生ず」を語る新島にとって、大学は型にはまらないような人物を生み出す場でもありました。
この考えは、新島の遺言である「倜戃不羈なる書生を圧束せず、努めてその本性に従い、これを順導し、もって天下の人物を養成すべき事」という言葉にもつながっていきます。
常識からはみ出すような才気溢れる人物を型にはめることなく、大きく育ててほしいという願いが、そこには込められています。
様々な個性を生かし育む多様性に満ちた環境、そして「龍蛇」さえも生み出すような未知なる力を秘めた場所としての「深山大沢」を、新島はまだ見ぬ「同志社大学」の中に見ていました。
このような「深山大沢」としての理想を背負った同志社大学で皆さんは学び、今、卒業されようとしています。
卒業後も、生涯、学びは続くことでしょう。皆さんお一人お一人がその個性を発揮し、「龍蛇」のごとき人物として活躍されることを願っています。
「深山大沢」は特別な環境のことを指すだけでなく、私たちの心のあり方でもあります。
「自分はこの程度の人間だ」と自分自身を小さな枠の中に閉じ込めるのではなく、皆さん自身の心を「深山大沢」とすることができれば、皆さんの中にある「龍蛇」のごとき力を発揮することもできると信じています。
幸い、同志社大学は卒業後も「深山大沢」となるネットワークを持っています。
同志社は、これまで約37万人の卒業生を輩出し、各界で活躍する卒業生たちが相互につながり、本学を支えてくれています。
皆さんは卒業することによって同志社との縁が切れるのではなく、これから、世代を超えてつながる同志社コミュニティの一員となっていきます。
皆さんのご活躍を心より期待し、新しい一歩を踏み出そうとする、皆さん一人ひとりの前途を神様が豊かに祝福されますよう祈りつつ、私の式辞とさせていただきます。
(同志社大学公式Facebookより引用)
※文章中の太字は沖縄県支部による修飾

 


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同志社校友会沖縄県支部
HP担当 藤原良之
Mailto:info@okinawa.doshisha-alumni.org
HP:https://www.okinawa.doshisha-alumni.org/
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